藤衛門腹切投書

 藤衛門かかることに成りしはいとど口惜し事なれどもその因果は病に御隠れ遊ばし殿の追い腹でも御座りますまいと思す声の有りて投書の書き奉りまする兼ねてより藤衛門と剣の鎬の削りし承太郎が言ふ所に依りますると失踪前日も二人剣の稽古を晴海通りが道場にて励んでいたとのことに御座りまする、日暮れ稽古終わりて御手水場にて承太郎のたまには一杯どうだと誘ひけるに藤衛門何分手元不如意でなと断りけりさもあろうあい分かったと承太郎の返せば藤衛門続けて拙者御家の御用にて明日大阪に行く事になった天下の台所と聞くに旨い魚を食ふのが楽しみだと言ひけり、されば承太郎今の時分大阪の中央蔵屋敷の多く有る辺りで青砥稿花紅彩画をやっていると聞いた菊五郎にまみえることもできるかもしれぬと言へば藤衛門悦びてそれは良い事を聞いた有難うと言ひ帰つたとのことで御座りまするかく承太郎が語りしこと正しければ藤衛門のかかる因果は委細に調べる必要御座りまするゆえ慎んで計らふこと御願ひ奉りまする。